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何度この本を読んだだろうか。初めて読んだ時は、果南の周りで次々起こる出来事を追うのに精一杯だった。透子と果南がどうなるのかが気になって、最後まで一気に読んでしまった。それから一つ一つの出来事をじっくり読み返した。しかし、読めば読むほど、私の心の中にもやもやしたものが浮かんでは消えた。知栄はなぜ果南にいちいち嫌味を言うのだろう。詩織の能天気な言動にはあきれるし、新藤先生は大人のくせに頼りない。木暮先輩は自信家で自分勝手だ。優等生として過ごしてきた果南が、透子の態度に怒りを爆発させて言い放った台詞も感情的すぎる。そして、自分から周りを引き離すようにして一人でいる透子の態度はごう慢で気に入らなかった。なぜこんなにも私までもやもやするのだろう。今までにない感覚だ。透子の「天才」要素を除いてどの登場人物も現実世界にいそうで、まるで自分もこのクラスの一員になった気分になるのだ。問題だらけのこのクラスで私はどのようにふるまえばいいのだろうかと悩んでしまう。
何度も読み返しているうち、ある一文にはっとした。「人は考え方ひとつで、なくしていた居場所をとりもどすことだって、できるのかもしれない」。もやもやする理由がやっと分かったような気がした。登場人物たちはそれぞれの居場所を失ったり、探したりしているのかもしれない。新藤先生は、仕事と結婚との間で迷っただろう。知栄も佐川君への想いに揺れている。自分の居場所が定まらないと人は不安になる。その不安感が大きいと、新藤先生のように上の空になったり、知栄のように周りの人への言葉がきつくなったりする。そんな登場人物たちの不安感が伝わってくるから、私まで落ち着かない気分になるのだ。そして、こんなふうになるのは、私も自分の居場所がなくなったと感じた経験があるからだろう。学校の休み時間、仲の良かったグループが私の知らない話題で盛り上がっていた。話を聞きながら必死に理解しようとしているうちに、その子たちはどこかに行ってしまった。悪気はないと思ったけれど、「ここはあなたのいる場所ではない」とグループからはじき出されたようで悲しくなった。家に帰ってからも好きな教科の勉強にも集中できないし、食欲もわかない。しかし、いつもの習慣でピアノの練習を始めたら、自分が弾いている音以外何も聴こえなくなり、悩んでいたことはどんどん頭の片隅に小さく追いやられていった。そして、練習を終える頃にはすっかり心が落ち着いていた。ピアノの音色に没頭し、自分を表現することで、ここにも私の居場所はあると感じたからだ。
人には居場所が必要だ。自分のままでいられる所、自分の思いを表現できる所がその人にとっての居場所だと思う。ピアノの道を絶たれて音大附属の中学から転校してきた透子は自分から周りを引き離していた。それが彼女の居場所だと信じようとしていたのかもしれない。果南はクラスで優等生としての居場所を持っているつもりになっていた。しかし、泥棒の疑いをかけられ、そうでないことにとうとう気づいてしまったのだ。そんな二人は似ている。「居場所がない」という点だけではない。二人は互いに、自分には無いものをうらやむ気持ちを抱いている。果南は天才少女の透子がうらやましくて嫉妬のかたまりと化した。一方、新藤先生に対する気持ちを思い切り吐き出せる果南を、透子は「うらやましい」と言った。相手の中に自分と似ている点を感じとったから、この時透子はいつもの冷笑ではなく小さくふふっと笑ったのだ。また、周りの景色がかすんでいく中で果南の目には透子の存在だけがくっきりと映ったのだ。二人の間に生まれた距離感が少しずつ心地よいハーモニーになっていくのを私は感じた。
居場所を持つことで人は強くなれる。透子は果南と関わるうちに作曲という新たな目標を見つけた。自分の居場所であった音楽をもう一度見つめ直し、別の角度からでも挑戦しようと思えたのだろう。また、人からどう思われるかを気にせず自然体でふるまうと果南が決めたことも、彼女にとっての挑戦だ。新たな居場所を求めるうえで、挑戦することを恐れてはいけない。透子が果南のために作った「美しき春へのプレリュード」は新たな挑戦への前奏曲だ。きっと、それぞれの未来へと階段を駆け上がる二人の足音のように8分音符が軽やかに響くだろう。たとえ離れていても、二人にしか分からない、心地よい距離感を保った居場所がある。新たな居場所も見つけていくことだろう。私もこれから先、悩んだりつまずいたりすると思う。そんなときは自分の居場所に目を向けたい。友人関係に悩んだ時に私を救ってくれたピアノのように自分の心を素直に表現できる場所があるはずだ。もし居場所がないと感じたら、視点を変えて新しいことに挑戦し、見つければいい。そして、再び力強く前に進んでいきたい。
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●読んだ本「8分音符のプレリュード」(小峰書店)
松本祐子・作
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