第70回高等学校の部 最優秀作品

「平和な世界を」
 新潟県立新潟高 1年 塚田直弥

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 幼いころから、医師になり、人の命を助けたいと思っていた。この夏、いくつかの医学部のオープンキャンパスに行った。立派な施設と最新技術の体験、使命感にあふれた医師たちの話は、私のモチベーションを上げるに十分だった。そんな時、偶然書店で手にしたこの本に、私のイメージとはかけ離れた、紛争地での残酷な医療現場の現実を突きつけられた。

 筆者の白川さんは、7歳の時に国境なき医師団の存在を知る。看護師になって3年目に国境なき医師団への参加を志し、10年かけてそれを実現した。地雷や空爆で手足がちぎれて運ばれてくる人、戦闘に巻き込まれ、路面に放置され死んでいる人、苦しみながらうめく人、攻撃され焼かれた小児病棟に横たわる息をしていない子供たち。その中から生きている人を探し出し、路上や仮設のテントで治療にあたる。検査もできず、清潔な器具も十分な薬もない中、できる治療をする。そして、治療にあたる国境なき医師団の人たちも、常に空爆や攻撃と隣り合わせで、次の瞬間の命の保障はない。そんな状況で人の命を優先できるのはなぜだろう。白川さんは、家族と恋人とも別れ、時に精神のバランスを失いそうになりながらも活動を続ける。一瞬、私の頭には自己犠牲という言葉が浮かんだ。しかし白川さんはそうは思っていないだろう。自分の中に湧き出た正義を貫き、自己実現するために活動を続けているのだと思う。

 白川さんの「その国の問題を構造から理解しなければ、人道援助を行っていてもそれが表面的なものになってしまう」という言葉が印象的だった。パレスチナのガザ地区に派遣された白川さんは、対立するイスラエルのことも知っておきたいという気持ちから、その休暇中にイスラエルを訪れる。なんという行動力だろう。白川さんは、3000年にも及ぶ両国の対立の歴史、ホロコーストを経て続く憎しみの連鎖を必死に理解しようとし、解決の糸口を探している。けが人を治療するという枠を超え、両国に真摯に向き合い、ひたすらに平和を願っているのだと感じた。世界で起きる争いのニュースを聞くたびに、「なんで戦争なんてするのだろう。みんな仲良くすればいいのに」と単純に考え、そこで思考を停止していた自分が恥ずかしくなった。

 世界のいたるところで、戦争は続いている。私は、勉強する自由を奪われた怒りが銃をとるトリガーになる青年や、「お父さんを殺したやつを殺しに行く」という10歳の少年と、同じ時代を生きている。日本に住む高校生は無力で、傷ついた人に直接手を差し伸べることも、寄付をすることもできない。しかし、「平和な日本に生まれてよかった」で終わらせるわけにはいかない。私には、自由に学ぶことができるという、武器がある。受け身でいることをやめ、争いの背景や世界の情勢を学び、広い視野を身につけたい。自分に何ができるかを問い続けることで、見つけられるものがあると信じたい。

 この本の根底に流れているのは、白川さんの怒りだと感じた。罪のない人たちの命が簡単に奪われていくことへの怒り、救いきれない命があることへの自分自身への怒り、争いを止めることのできない世界への怒り。しかし、怒りのエネルギーだけでは、自分の命を危険にさらしながら、国境なき医師団として活動することはできないだろう。怒りの中に、平和へのかすかな希望を見出せるから、続けられるのだと思う。助かった命、シリア避難民による献血、空爆の合間の人々との温かな交流、戦時下でも教育を忘れないイエメンの大人たち、といった、たくさんの小さな希望が、白川さんを戦地へ向かわせるのだろう。そして、白川さんをはじめとする、国境なき医師団の存在が、戦禍を生き抜く人々の大きな希望になっている。

 「将来、紛争地で働けるか」と問われたら、今の私は「わからない」としか答えられない。しかし、医師を目指している私にとって、高校生の今、国境なき医師団の活動、白川さんの生き方を知ることができたことは、大きな意味があった。医療の持つ可能性と同時に、医療だけではどうにもならない世界があることも教えてくれた。

 この先、どんな状況にあっても、どんな仕事をしていても、人の痛みを自分の痛みとして感じられるような人でいたい。自分自身のことだけでなく、自分の周りが、日本が、世界が、どうしたら少しずつでも良い方向に向かっていくかを考えていきたい。そして、白川さんのように、心に芽生えた感情をあきらめずに、自分を信じて行動に移せる強さを持ち続けられるようになりたい。

 いつか、国境なき医師団が活動する必要のない、国境に命が左右されることのない、平和な世界が来ることを願ってやまない。そして、それを実現するのは、「どこかの誰か」ではなく、「私たち」なのだ。

 

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●読んだ本「紛争地の看護師」(小学館)
白川優子・著

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