第69回小学校高学年の部 最優秀作品

「心で世界を見る」
 石川県珠洲市立飯田小 5年 藤野結大

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 アフガニスタンの人々の願いは、ただ二つ。一日三回食事ができること。家族と一緒に暮らすこと。僕にとって当たり前の日常が、現地の人々の願いなのだ。正直、僕には食べるものどころか飲み水もない生活なんて考えられない。この本を読み、蛇口をひねればいつでも出てくる水が、アフガニスタンの人々にとっては「命をつなぐ水」だと初めて知った。中村さんは医師でありながら、現地で井戸を掘り、全長二十五キロメートルにもおよぶ用水路を作った。干ばつ、飢餓、深刻な水不足、戦争。多くの問題に直面しながら、六十五万人もの命を救ったのだ。中村さんは、どんな気持ちで異国の人々に尽くしたのだろうか。

 この本の中で、強く心に残った言葉がある。「人は見ようとするものしか見えない」だ。中村さんは、治療中、病気に苦しむ人々の心に懸命に寄り添っていた。診療所を作る際も自分たちのやり方や技術を一方的に持ち込むのではなく、現地の人たちが脈々と守ってきた文化を大切にした。その土地の風土と自分たちの力で生活したいという人々の思いを尊重し続けた。中村さんは、苦しみの中にいる人々の「心」を常に見ようとしていたのだ。

 僕は、中村さんの姿から、一つの言葉を思い出した。学校の校歌の一節にある「敬と愛」である。この言葉の意味をちゃんと知りたくて、辞書で調べてみた。「敬愛」とは、相手に対して、尊敬と親しみの気持ちを持つこと。中村さんはアフガニスタンの人々に敬愛の心を持って、目の前の困難に立ち向かっていたのだと思う。

 僕が住む珠洲は、五月に地震があり、町全体が被災した。僕の家は七十年以上前から焼酎をつくる店をしている。店の壁にはひびが入り、多くの酒びんが割れた。焼酎をつくる一番大事な機械が壊れ、家族全員が絶望的な気持ちの中、片づけに追われた。そんなとき、止まない地震を知って、励ましの電話をかけてくれた人がいた。残った商品を買ってくれた人。食べ物を届けてくれた人。不安な気持ちを支えてくれた身近な人たちの言動に、僕は中村さんと同じような「心」を感じた。

 ニュースや新聞では、毎日のように多くの災害や紛争について報道されている。僕はこれまで、世界で起きていることの被害を数字でしか見てこなかった。しかし、敬愛の心を持って見れば、その数字の一つ一つに人々の暮らしや文化、歴史、思い出、笑顔が浮かんでくるような気がする。僕には、まだ中村さんのように大きなことを成し遂げる力はない。でも、「見ようと思って見ること」はできる。この空の向こうに、今日も残酷な現実と向き合う人がいる。決して目を背けることなく、事実を知り、そこにいる人の心を想像すること。苦しみや悲しみの中にいる人々を敬い、自分にできることを考え続けること。それが、今の僕にできる第一歩だと思う。そして、どんなときも敬愛の心を持って、世界を見ようとする自分であり続けたい。

 

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●読んだ本「中村哲物語 大地をうるおし平和につくした医師」(汐文社)
松島恵利子・著

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