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ぞっとした。コミュニケーションがこんなに怖いものだとは。「この病院に殺されに来たようなものだ」。本の中で紹介された患者さんの悲痛な叫びに心が押し潰されそうになる。
先日、僕は首のしこりと血液検査の異常のため大きな病院を受診した。もし命に関わる病気なら、今後、いつも通りの生活をするべきか、羽目を外し遊ぶべきか、家族や友達との時間に使うべきかと、受診日まで選択肢ばかりを考えていた。幸い一過性の症状だったが、不治の病を宣告された患者さんは、いつ爆発するかわからない時限爆弾を背負い不安な気持ちを抱えていくのだなと初めて思った。その頃出会ったのが、医師が書いたこの「言葉で治療する」だ。置き所のない不安を言葉でも打破できるのかと軽い気持ちで手にしたが、僕には耐えられないほど重い本だった。
僕は、五歳の頃に祖母を病気で亡くした。お見舞いのたび、病院の売店で買った飴やプリンを食べさせてくれた。突然来る僕のために買って待っていてくれた祖母の姿や気持ちに思いを馳せることはできても、死を前にした祖母の気持ちは今の僕には想像できない。
本には、医療者の言葉で心に傷と不信感を与えられ苦しむ声が数々紹介されている。ころころ変わる余命をそのつど宣告された上、「この病院で死んでは困る」と言われ亡くなった癌患者さん。また、望まない余命宣告を受けたのに心のケアも立ち直るきっかけも得られず亡くなった癌患者さん。僕は困惑した。
でも、著者の鎌田先生は言う。たとえ助からなくとも説明が丁寧なら納得し感謝できると。言葉だけでは治療できないが言葉がいい治療へとつなげてくれると。同時に、現場には丁寧な説明をしたくてもする余裕がなくなっているとも。確かに、僕が行った病院に患者さんは溢れていて医療者は本当に忙しそうだった。その中でも人生を左右する言葉のやりとりが休むことなく行われている。医療現場は究極のコミュニケーションの場だと思う。
鎌田先生は、医療技術の進歩は目覚ましいのに、コミュニケーションの進歩はどうだと問う。僕が受けたエコー検査の画像も凄かった。読み進めると、鎌田先生は、その時々の場合で、安心、信頼、納得、共感、支えること、聞くことがとても大事だと例を挙げ説明してくれる。身近な場でも同じだ。僕にとってのコミュニケーションの進歩は、自分と相手の心と心の紐をしっかり結び、前よりお互いの関係が良い状態になれたと実感した時だ。今の僕には、安心、信頼、納得、支えることは難題だが、聞くことと共感はできそうだ。
聞くことで大切なことは何だろうと考えた。鎌田先生は、聞いてもらっていると思うとそれが安心感にもつながると言っている。聞くことには力がある。ならば「聞いています」と相手にはっきり伝わるように示すことも大事ではないかと思った。言葉を受け止め、共感しながら聞くということだ。でも、共感とはそもそも何だろう。僕が受診した時「何だかだるい」ことも伝えた。しこりの大きさの変化や、年齢体重は客観的事実として相手に伝えやすいが「何だかだるい」は僕にしかわからない。例えば「痛い」場合、鈍痛から刺すような痛みまである。相手の痛みを知るには、まず自分が経験した痛みの物差しに当てはめ、それの指す量と質を基に相手を想像するしかない。誰の痛みでもわかる完璧な物差しを持った方が良いのだが、それは不可能だ。共感とは、自分の小さな物差しを精一杯使い、「これぐらい痛いのか、苦しいな」と想像し、それを相手にしっかり伝えることなのだろう。
僕はこうして鎌田先生と本の中で対話してきた。読んでは戻ったり、問いかけに悩んだり、少し本から離れたり。僕は経験不足の小さな物差しを使いながら、気づかないうちに、先生が何を伝えたかったのかを想像していた。そう考えると、想像力を養う方法は、読書で著者とやりとりする中にも潜在していたのだ。
鎌田先生は、医療側と患者さん側の両方が、お互いを理解する努力も必要だと言う。大きな病院の先生が中学生の僕にもわかる言葉で、紙に書いて見せながら説明してくれた。お陰で、自分の体の状態がよくわかった。僕はそれを当然のように受け止めていた。でも、それは当たり前のことではなく、先生が僕のことを想像し共感し思いやってくれたからできたことなのだろう。その時、僕も先生のことを思いやっていただろうか。ありがとうときちんと伝えていただろうか。友達や家族との日々の会話でもそうだ。してもらうだけではなく、僕も想像力を働かせてコミュニケーションを分断せずに、つなげていかなければいけないと思った。断ち切るとそこで終わる。
言葉は、人を傷つけ心を粉々に砕くこともある。反面、人を救い心を護る力もある。医療にかかわらず、心の通う温かい言葉を使えたら、僕でも人を幸せにできるかもしれない。
この先コミュニケーションの難しさに戸惑ったとき、またこの本に戻ってこようと思う。
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●読んだ本「言葉で治療する」(朝日新聞出版)
鎌田實・著
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