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十五年。その長い年月を「国語辞典」に捧げる。それ以外のものは、全て透明にでもなったかのように。
言葉という海を渡るにふさわしい舟を編む。そんな願いを込めた『大渡海』の編集に人生をかけた人々の奮闘が描かれている。国語辞典の完成までには、多くの困難があった。人間関係や仕事仲間とのすれ違い、恩師の死……。馬締光也は、そんな数々の困難を、「言葉」という絆で結ばれた仲間とともに、乗り越えていく。
馬締は、大学で言語学を専攻し、言葉の知識が豊富だった。しかし、その「言葉」を使って、人とコミュニケーションをとることは苦手だった。そのため、自分の思いを上手く伝えられず、周囲から煙たがられ、孤立してしまう。 私と同じだ、と思った。小さい頃から本が大好きだった。国語の勉強も好きだし、テストの点数もそう悪くはない。でも、人に意見を伝えることは苦手だった。どう言えば自分の気持ちが上手く伝わるのだろう。私は次第に臆病になっていった。そんな時、この本に出会った。伝えられないもどかしさや悔しさにもがく馬締と自分を重ねながら読み進めていく。
馬締は、友人との会話の中で「天にも昇る気持ち」という言葉を使った。その瞬間、馬締の中で「あがる」と「のぼる」の違いが明確になる。「あがる」は上方へ移動して到達した場所自体に重点を置いている。それに対し、「のぼる」は上方に移動する過程に重点が置かれている。私はこれまで、そんな細かいことは考えてもみなかったけれど、納得できた。一つの言葉で広い意味を表す英語と対照的に、同じ意味を表す複数の言葉が存在する日本語。しかし、全てがイコールではなく、微妙なニュアンスの違いがある。それが、日本語の難しさであり、魅力である。
私達は、そんな「言葉」に思いを乗せて、人とつながろうとする。しかし、自分の思いを相手に正しく伝えることはなかなか難しい。使う言葉を少し間違えれば、違う意味として解釈されることもある。私自身、そんな失敗を繰り返しながら、次に生かしていったことで、思いが伝わった喜びを味わった経験もある。そのように、言葉は、生活の中で使ってこそ、言語感覚が磨かれていくものだということを、この本から学んだ。
国語辞典を一冊作るのに費やした十五年。馬締は、言葉の海に全てを捧げ、大きな波に飲み込まれそうになりながらも、決してあきらめなかった。最初は頼りなかった馬締が、辞書作りを通して、変わっていく。私には、彼の変化が輝いて見えた。
彼を変えたものは何だろう。それは、「伝えたい」「つながりたい」という思いだ。大切な仲間と愛する人と出会ったとき、「言葉」をとおして、人とつながることを強く求めたのだ。相手のことを知りたい、もっと関わりたいと思う気持ちが、コミュニケーションの第一歩だった。そして、彼のまっすぐな思いは、相手にも通じたのだ。
馬締は『大渡海』の編集を通して、人とのかかわりを通して、言葉の力を再確認したのではないだろうか。そして、自分と同じように、言葉を介して、多くの人がつながることを望んでいたのではないだろうか。だからこそ、国語辞典に収める言葉にこだわり抜き、「限られたスペースに効率よく言葉を入れること」や「言葉の矛盾を見つけ出す作業」など、気が遠くなるような地道な作業を十五年間も続けられたのだろう。
私はこれまで、言葉の意味が分からないから辞書を引いてきた。しかし、この本を読んで、その目的以外にも辞書を引く価値があるのではないかと思った。言葉は、心を伝達する手段の一つだ。その言葉が豊かであればあるほど、伝わる手段が広がり、コミュニケーションにも役立つ。辞書を手に取り、新たに知った言葉を、自分の中の辞書に加えていく。その繰り返しが言葉の世界を広げ、心を豊かにしてくれるのではないだろうか。
言葉の大切さを知った今、私は、言葉の在り方について、深く考える必要があると思った。日本語の表現は、とても豊かで繊細だ。私たちは、その言葉に感情を乗せて相手に伝えたり、受け止めたりしながら、人間関係を築いている。しかし、言葉は、豊かで繊細だからこそ、時には凶器にもなる。何気ない一言で相手が傷ついてしまうかもしれない。言葉の意味をよく理解し、選んで使う必要がある。豊かな日本語だからこそ、相手も自分も幸せになれる言葉を使っていきたい。
「言葉」は人をつなぐ。私はこれからも、言葉の魅力を探し続けよう。そして、失敗を恐れず、言葉を通して思いを伝え、相手の思いを汲み取る努力をしていこう。
私も、私自身の言葉の舟を編み、大切な人達とともに言葉の海を航海していく。
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●読んだ本「舟を編む」(光文社)
三浦しをん・著
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