◆毎日新聞2024年7月27日 全国版朝刊

時代を超え、ヒントくれる 迷ったら「遠い」テーマ選ぼう
文芸評論家・三宅香帆さん

<読んで世界を広げる、書いて世界をつくる。>

 なぜ本を読む気が起きないのか――。忙しい現代人なら一度は感じたことのある疑問を解いた著書「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」(集英社新書)が15万部を超えるヒットとなっている三宅香帆さん。気鋭の文芸評論家にとっての本の魅力とは?【文・稲垣衆史、写真・宮本明登】

おほんちゃん

 小学生の頃から外で遊ぶよりも読書が楽しみだった三宅さん。漫画好きの友人の影響で新古書店などを巡るうちに物語の世界にはまっていった。「読書好きの一つのきっかけ」と振り返ったのが母校の小学校の図書室だ。鍵がなく、いつでも本を手にすることができるユニークなオープン型で、本が身近な存在になった。

 当時は、気に入った作家の作品を読み尽くすスタイルだった。「自分にとって信頼できると思える言葉を使う人の作品に触れる中で、『なぜこの表現が信頼できるのか?』と考え、作品に対する選球眼を鍛えられたのだと思います」と振り返る。

 「出合わなければ、本好きのまま大人にならなかった」。三宅さんがそう言って挙げたのが、4年生の頃に読んだ、推理小説「名探偵夢水清志郎事件」シリーズ(はやみねかおる、講談社)。「本当に読みたい」と思える本がないと感じていた頃に巡り合い「求めていたものはこれだったんだ!」と心が動かされた作品だ。

 「遊び心がありつつ、自分に大事なことを伝えてくれている感覚が子ども心にも伝わってきた。その後にとっても、すごくいい影響をもらいました」

 そんな三宅さんが考える読書の魅力は「本の世界では、気の合う友達のような本を見つけやすいこと」という。書かれた時代も場所もさまざまで、現代の価値観だけではない本の世界。「今の時代にしっくりきていない人が、時代を超えた本の言葉から(今へのヒントを)受け取ることもできると思います」

 古典から海外文学、歌集に評論、さらにはドラマや映画も含め、ジャンルを超えて批評を展開する三宅さん。幅広い関心の原点にあるのが「小説以外」(恩田陸、新潮文庫)だという。文学から料理や映画、音楽にまつわる話までつづったエッセーを中学時代に手にし、「世の中には小説以外にもさまざまなジャンルがあるんだ」と世界が開けた。

 その経験から三宅さんは本選びの方法の一つとして、好みの書評ブログやSNSの読書アカウントをフォローすることを勧める。自身もさまざまな人が発信するネット情報から興味を広げてきたからだ。こうも言う。「わからない本を無理に理解する必要はないんです。人と同じで、本にも合う合わないがあるし、年齢を重ねると、受け取り方も変わる。本はたくさんあるので、自分に合うものがどこかにあると考え、どんどん探してほしい」

 大事な選択をする時、傍らにはいつも本があった。例えば、平安時代の宮廷貴族を描いた少女小説「なんて素敵にジャパネスク」(氷室冴子、集英社)で古典文学の魅力にはまり、大学は「将来、仕事がない」とも言われた文学部へ。大学の授業で扱っていたカズオ・イシグロの小説「わたしを離さないで」(早川書房)で解釈の奥深さに気づいたことで、大学院でさらに文学を極めようと決意した。

 「本によって現実逃避するはずだが、気づけば現実そのものが変えられていました」

 現在の道に向かう転機となったのは、学生時代に書店員のアルバイトで担当した本の紹介ブログだった。

 ブログは「物語を読んでいるような書評」として話題を呼び、大学2年生の時にブログにつづった書評を基に初の著書として出版した。大学院を経て、仕事をしながら書評の執筆を続けようと思ったものの、十分に読書ができず3年半で退職。本格的に執筆活動を始めた際、当時の経験を基に「誰もが本を読める社会」への問題提起として書いたのが冒頭の自著だ。

 「これまで出合った書評が自分にとって本の解釈を広げてくれたように、今度は、自分が多くの人に本をお薦めできるような存在になれたら」と考えている。

 学生時代には、塾講師のアルバイトで小中学生に読書感想文を指導したこともあるが、多くの子が抱えていたのが「どんな本を読めばいいのか」という悩みだった。対象図書に迷ったら、自分から「遠い」テーマの作品を選ぶことを助言する。例えば、体育嫌いだったら、スポーツ小説、理系嫌いなら理系の入門書などだ。

 なぜなのか。本を通じて、世界を広げてきた自身の経験からエールを込めて説明した。

 「読書感想文は本によって自分がどう変わったのかが求められやすい。好きなことより、あえて苦手なことを選んだ方が、今までと違った考えや成長が得られやすいと思います」

おほんちゃん


■三宅香帆(みやけ・かほ)さん

1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程中途退学。リクルート勤務を経て、2022年に独立。京都市立芸術大非常勤講師を務める傍ら、エンタメから古典文学まで、評論や解説を幅広く手がける。「文芸オタクの私が教える バズる文章教室」「人生を狂わす名著50」など著書多数。