◆毎日新聞2024年7月6日 全国版朝刊

心ワクワク、読書の森 子どもと、つながろう

<読んで世界を広げる、書いて世界をつくる。>

 第70回青少年読書感想文全国コンクール(全国学校図書館協議会、毎日新聞社主催)の課題図書が、夏休みを前に発表されました。協賛するサントリーホールディングス(HD)は、社会貢献活動を通じ、子どもたちの支援に取り組んできました。同社CSR推進部長の一木典子さんと、森のピッコロようちえん(山梨県北杜市)代表の中島久美子さん、北海道教育大岩見沢校教授の能條歩さんが読書や自然体験が育む感性について、語り合いました。司会は、毎日新聞の澤圭一郎編集委員。【構成・山内真弓、写真・手塚耕一郎】

◇信じて待つ、大切に……森のピッコロようちえん代表 中島久美子さん

森のピッコロようちえん代表
中島久美子さん

——中島さんが始めた「森のピッコロようちえん」について教えてください。

中島さん 子どもたちは、時間に追われず、八ケ岳のふもとの森などで、自由に遊びます。一人一人の子どもの気持ちや集団の学び合いを大切に、「信じて待つ保育」を実践しています。

 私はピッコロで「ゴミを拾いなさい」とも「拾わなくてもいい」とも言いません。でも、森にいると、子どもたちは「鹿さんが食べたら死んじゃうでしょ」とゴミを拾う。想像力や思いやりや優しさが全部重なって、自分の行動になります。子どもたちは、森の中で他人も自分も大切にする心を獲得していきます。

——始めたきっかけは?

中島さん 以前、私は先生がお遊戯を考えて子どもがマネするような幼稚園や保育園で働いていました。模倣する力も大事だけれど「この子たち、幸せになるかな?」と思った。失敗して、考えて――。そういう力を伸ばすにはどうしたらいいのだろう、と自分なりの保育を問い続けました。

 ある日、3歳の子に「先生、泣いていいですか?」と言われました。私、子どもを「管理」していたんです。「恐ろしい。管理はやめたい」と思って、ピッコロを立ち上げました。運営には親も関わります。一緒に育つ同志です。

一木さん 「待つ」ことは簡単ではありません。親も先生も時間に追われると「待つ」余裕がなくなります。それが、子どもの想像力や安心感を損なうことがあると実感しています。これは責められないことなので、親や先生だけでなく、例えば地域の人など、たくさんの大人が(子育てに)関わることも大事ですね。

——「待つ」中で育まれるものは?

中島さん 私は、指示をしません。森で「食べちゃうと死んじゃうから」と、毒キノコを蹴っている子がいました。それを見た年長さんが「蹴っちゃだめだよ」と言ったら子どもたちが集まってきて、「毒があるからって、蹴られていいの?」と命に関する話し合いが始まった。その後、蹴った子は私に「毒キノコは蹴らない。命があるから」と言いに来ました。

 大人が指導したら、ただの正解を求める話になる。でも、子どもたちは群れの中で自分で考え、自分の枠を広げ、自分が変わっていく。群れの中で、多様性が育つんです。

——自然体験ならではですね。能條さんの専門「自然体験教育学」とは?

能條さん 自然と関わりながら育つことが大切だと考える人は多いのですが、それぞれに優先順位がありますし、自然を身近に感じる所に住まない人もいます。ですから、「自然体験はなぜ必要か」「どのような自然体験が必要か」を整理し、子どもの育ちにとって何が大事なのかについて、核心に迫りたいと考えて研究をしています。

 論理と知識が身につくと、行動が変わる、といわれます。そうであれば、二酸化炭素は減り、自然も守れるはずです。人が学んだ倫理や論理に基づいて行動を起こすには、「感性」や「気持ち」も必要なのだと思います。

中島さん ピッコロの子たちは、葉っぱや木が好きなのだと思います。鹿さんも大好きな「仲間」なんです。

能條さん 愛している人や自分もその一員だと思えるような地域のためには何かをしたいと思うでしょう。自然の中に本来あるつながりを大切に感じたり、それが失われた状態を「変だ」と感じたりする。そして、それを大人になってもさびつかせないような枠組みや教育を考えています。

一木さん そうですね。自然の中で走り回るだけでなくて、何かをものすごく美しいと感じたり、記憶に残る関わりがあったり。感動や畏怖(いふ)する体験が、大事なのではないでしょうか。その感覚は、産後、子どもと過ごす時間や、子育てのプロセスで呼び起こされる感じがしました。

 一方で、地域の中で大人が子どもと関わる時間が減っていると感じます。そうすると、大人が子どもとの関わりを通して自然に触れたり、その時の子どもの反応を見たりする機会が少なくなる。つまり、大人が子どもを通じて(感覚を)「呼び起こす」機会が減ります。そのしわ寄せが地球環境や次世代にいってしまっているのではないでしょうか。

 こうした問題意識の下、サントリーHDでは、子どもと大人が、社会で相互に関わる機会を増やす社会貢献活動を続けています。生まれ育った環境に関わらず「ワクワク」「好き」「やってみたい」に出会い、可能性をひらく体験の機会を届けていきます。

おほんちゃん

◇見て、聞いて 触れる……北海道教育大岩見沢校教授 能條歩さん

北海道教育大岩見沢校教授
 能條歩さん

——都会で暮らす子は、自然体験が少ないといわれています。自然の中で育った子と、埋められない差はあるのでしょうか。

能條さん 自然には、生き物以外のものの方がずっと多く、それらと生き物が相互作用しながら、常に変化し続けることで成り立っているのが生態系です。ですから、自然を「動き続けるシステム」と捉え、そこにある「関係性」や「変化」を感じることが重要で、そういう体験であれば、都市部でもできます。逆に、見たり、聞いたり、触れたりする直接体験がなければ、森の中にいても豊かな自然体験とは言えないのです。

 お日様の動きは人にはコントロールできません。人はこのような「コントロールできないこと」に対して畏敬(いけい)の念を抱きます。畏敬の念につながる体験を、小さいころから積み重ねることが重要で、「森へ行けばよい」となってしまったら、それは「手段の目的化」です。

中島さん ピッコロの森は、冬とても寒いんです。年少さんは「さむーい」と泣いたり怒ったりする。でも年長さんになると「寒かったら、走ればいいんだよ」って、自分が変わる。絶対変わらないものを受け止める器ができる。変わらない自然に対して、自分が変わっていく方がいいことに気づく。自然が子どもの器を大きくしていく。

おほんちゃん

◇想像力、膨らませて……サントリーHD・CSR推進部長 一木典子さん

サントリーHD・CSR推進部長
一木典子さん

——サントリーHDが始めた取り組み「君は未知数」基金について教えてください。

一木さん 自然や文化の中で感性を育むことは大切です。ただ、さまざまな事情により、子どもに自然や文化を体験する機会を作ることが難しい場合があります。

 サントリーは、心の豊かさにつながる体験を子どもたちに届けている市民団体やNPO法人を助成する「サントリー『君は未知数』基金」を創設しました。さまざまな体験の中で「コントロールできない自然」をも体感しながら、感性を養ったり、可能性をひらいたりする機会が広がってほしい。それが、自分を知り、自己表現する力や幸せにもつながります。

 離乳後の数年と10代の思春期は、他の生物には見られない人間特有の時期です。人間はその時期の生命を守るために、共感力を伸ばし、共に食べ、共に育てる社会を作ってきましたが、地域の力が弱り、困難に直面する子どもが増えているといわれています。取り組みのアドバイザーである総合地球環境学研究所の山極寿一所長は「今、人の生き方や子どもの成長についてのパラダイムシフトが求められています。これからは『自分自身をも変化』させながら、『異なる個性や能力を持つ他者との関係を構築』し、『過去にない未来を共創』して、想定外の事態をも乗り越え生き抜く力(レジリエンス)が求められます。それらを体得するために、地域の自然や文化に接し身体化するプロセスが重要になります」とおっしゃっています。

 サントリーは創業以来、楽しく飲んだり食べたりする時間を通じて、人と人とのつながりや共に幸せを感じる機会を提供してきました。子どもたちが未知と出合う機会を届ける取り組みは、社会の活力につながります。

能條さん 子ども時代に子どもらしく過ごす環境を保障することは、大人が社会で果たすべき役割です。「間違ってもやり直しができるから、やってみよう」が大切だと思います。

一木さん サントリーでも「やってみなはれ」を大切にしています。「自らチャレンジすることが、たとえ失敗したとしても、そこからの学びが次の成功へつながる」という価値観です。

——寛容な中で、人は育ちますね。サントリーは、読書感想文コンクールも、長年協賛してくださっています。

一木さん 読書は時空を超え人や自然とつながり、想像力や生命の輝きを高める営みです。サントリーのパーパス「人と自然と響きあい、豊かな生活文化を創造し、『人間の生命(いのち)の輝き』をめざす。」に通じる大切な活動と捉えています。

——読書を通じて、人は何を体験するのでしょう。

一木さん 読書に没入すると、登場人物の感情を疑似体験できます。また、本の中のどこに、どう感動するかも一人一人違いますので、それを通じて、多様な人がいる中での「自分らしさ」を知ることができる。自分の揺るがない理想や価値観を知る機会にもなると思います。

中島さん 読み聞かせをすると、大人と子どもで、笑うところがまったく違う。だから私は、「私の意思で大げさに読まないようにしよう」と思っています。

おほんちゃん

——「感想文を書こうかな」と思っている子どもたちに、メッセージをお願いします。

能條さん 読書感想文、実は苦手でした。小学生のとき、宿題で感想文を書いたらうまく言語化できなくて、先生に「こう書いたら?」なんて言われた記憶があります。書くより、本を次々読みたかったのもありますが、高校時代に友人の誘いで新聞局(部)に入ったら、自分の書きたいことが書けたので、書くことが苦にならなくなりました。今では、自分の考えが、時間を超えて伝わっていくところに、文章のすてきさがあることに気づけるようになりました。

中島さん 書くことは、やりたいことに近づくツールにもなります。私は本やコラムを書くとき、「今」思っていることに、一番近い単語や言い回しを、知っているすべての言葉から、ずれないように選ぶようにしています。

一木さん 本を通じて未知と遭遇し、想像力を膨らませてほしい。本を読んだ感想を文字にして伝えると、感動を共有できる仲間ができるかもしれない。だからこそ、自分がワクワクした本を選んで、のびのび表現してほしいです。

第70回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書


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■人物略歴

◇中島久美子(なかじま・くみこ)さん……幼児教育家。2007年に「森のピッコロようちえん」を立ち上げる。保育スタイルが注目を集め、全国で講演会を開催。フリーペーパー「ちびっこぷれす」にコラムを連載中。映画「Life ピッコロと森のかみさま」、著書「森のピッコロ物語」「こたえは森のなか」など。

 

◇能條歩(のうじょう・あゆむ)さん……高校教員・学芸員として教育・研究に従事し、現在は自然体験教育学・環境教育学・減災教育などの実践的研究に力点を置く。日本環境教育学会北海道支部長、北海道環境審議会委員。近著には「post−SDGs時代の環境教育学」(北海道自然体験活動サポートセンター)などがある。博士(地球環境科学)。

 

◇一木典子(いちぎ・のりこ)さん……慶応義塾大卒業後、1994年東日本旅客鉄道株式会社入社。不動産開発、地域活性化、子会社の経営を経て、2022年サントリーHDに入社、現職。芸術文化、チャレンジド・スポーツ、生命科学分野の研究の支援振興のほか、「次世代エンパワメント活動『君は未知数』」を担当。