「かがみの孤城」や「凍りのくじら」など、若者を主人公にした作品を多く書いてきた作家の辻村深月さんは、幼い頃から大の読書好きだったという。本との楽しみ方について「好きな作家を中心に、自分の中に『読書の地図』を作っていってほしい」と期待を込める。【松原由佳、写真・北山夏帆】
物心ついた時から、本に囲まれた生活だった。自宅には図書館司書をしていた親戚が贈ってくれた絵本が20冊ほどあり、気に入ったものを夢中になって何度も読んでいた。「家にあった絵本はバラエティーに富んでいて、自分がどういう作品が好きなのかを手探りで獲得していくような感覚でした」と振り返る。
作家・辻村深月さん
小学校に入学すると、図書室に置かれている本の数に興奮した。「ここにあるものを読みたい」とジャンルを問わず、さまざまな本を読みあさった。特に好きだったのは江戸川乱歩やシャーロック・ホームズといったミステリー。タイトルにひかれて「ズッコケ文化祭事件」(那須正幹作・前川かずお絵、ポプラ社)を読んだ時には「自分のために書かれた本で、大人なのに私たち子どもの感覚を分かってくれている」と衝撃を受けた。「それまで大人は子どもらしさを押しつけてくるものだと思っていました。でもこの本の著者は信頼できたし、自分と同じような気持ちで読んでいる仲間がたくさんいるんだと思えたことが、大きな経験でした」。とはいえ、運命の出会いだったと気付いたのは後々のこと。「最初から運命の一冊を見つけようなんて思わなくていい。気張らずにひかれるものをどんどん読んでいってほしいと思います」と経験を踏まえて話してくれた。
ただ、あまたある本の中で、どうやって選べばいいのか迷う人もいるだろう。「初めは表紙やタイトルが好きとかでいいと思います。その次に、著者名や絵を描いている人を覚えてほしい。好きな作家のおすすめの本を読んでいったりすると、自分の中で『読書の地図』ができてくる。どんどん読書が楽しくなっていくはずです」
辻村さんにとって「読書の地図」の中心にいたのは綾辻行人さんだった。小学校高学年の時に、「十角館の殺人」(綾辻行人著、講談社)を読んだことが、作家になることを決定付けた。「小学3年生の時から小説を書いていたのですが、それまでは創作活動ができるのであれば、どんな手段でも良かったんです。小説を選んだのは、道具がほとんどいらなかったから。でも『十角館の殺人』には小説でなければできないものが描かれていた。私もこんな小説を書いてみたいと思いました」。綾辻さんがすすめていた本を中心に、辻村さんはますます読書の楽しさを知っていった。
幼い頃から読書感想文を書くのは得意で、いつどんな感想を書いたのか鮮明に覚えているという。小学1年生の時には「おひめさま がっこうへいく」(まだらめ三保作・国井節絵、ポプラ社)の感想を書き、校内で入選した。「自分が好きな、明るく楽しい本の感想を書いて評価された経験は大きかった」と語る。
今では、自分の書いた小説が読書感想文の対象として取り上げられるようになった。「登場人物に対して気持ちを寄せてくれていることに心を打たれます。良いと思う感想文は、誰かに読ませるための手紙のような雰囲気を受けます。小説の登場人物が読んだら、自分に友達ができたような気持ちになってうれしいでしょうね」
最後に、読書感想文を書くコツを聞いた。「まずは自分が好きな本を探してみて。その本を閉じて最初に思った言葉を書いてみて、なんでその言葉が出たのか考えてほしい。形式にこだわらなくていいと思います」。自由に本を楽しんできた辻村さんならではのアドバイスだった。
1980年山梨県生まれ。千葉大教育学部卒。2004年「冷たい校舎の時は止まる」でメフィスト賞を受賞し作家デビュー。11年「ツナグ」で吉川英治文学新人賞、12年「鍵のない夢を見る」で直木賞を受賞。
辻村深月さんの新著「この夏の星を見る」(KADOKAWA)は、コロナ禍で部活やイベントが制限された2020年の中高生を主人公にした青春小説。
茨城県の高校2年生で天文部に所属する亜紗、学年で唯一の男子であることにショックを受ける渋谷区立中学1年生の真宙、長崎県五島列島の旅館の娘で高校3年生の円華。別々の地でコロナ禍に見舞われた子どもたちは、望遠鏡で星を捉える「スターキャッチコンテスト」を通じてつながっていく。