第69回青少年読書感想文全国コンクール(全国学校図書館協議会、毎日新聞社主催)の課題図書が、夏休みを前に発表された。読書は、世界で起こっているさまざまな出来事に目を向けたり、自分自身について考えたりするきっかけになる。森林総合研究所・鳥獣生態研究室長の川上和人さん、NPO法人日本持続発展教育推進フォーラム理事の手島利夫さん、サントリーホールディングス(HD)CSR推進部部長の一木典子さんが、人と生物が生きていくのに欠かせない森林や、読書の思い出について語り合った。司会は毎日新聞の澤圭一郎編集委員。【構成・篠崎真理子、写真・手塚耕一郎】
森林総合研究所・鳥獣生態研究室長
川上和人さん
——川上さんは、どのような研究をされていますか。
川上さん 主に小笠原諸島に生息している鳥を研究しています。鳥は海と陸を移動したり、他の島と行き来したりできるので、島の生態系の中でどのような役割を果たしているか、調査・研究をしています。
——最近では、小笠原諸島の中でも、特に西之島に注目されているそうですね。
川上さん 西之島は火山島で、2019年12月以降の噴火の影響で火山灰で覆われ、生態系がほぼ消滅しました。人の影響を受けずに生物がすみ始める瞬間に立ち会えて、ワクワクしています。鳥がどんな役割を果たしていくのか、研究を進めたいです。
——小笠原諸島には、絶滅の危機に直面する鳥もいますね。
川上さん 小笠原諸島の固有種でオガサワラカワラヒワという、スズメほどの大きさの鳥がいます。過去100年で個体数が100分の1ほどに減っていて、現在は、母島周辺の無人島と南硫黄島のみを繁殖地とし、約200羽しかいません。このままでは、母島周辺では15年ほどで絶滅すると言われています。
——その原因は何ですか。
川上さん 人が島に持ち込んだネズミです。彼らは木の上にあるオガサワラカワラヒワの巣を襲ってしまう。木登りが上手なクマネズミが侵入した島では、繁殖集団が絶滅しています。ドブネズミがいる島では、まだ絶滅していないものの数が減り続けています。ほかにも、大きい台風が来たら、食物にしている植物の種子が無くなることも心配されています。
サントリーホールディングス(HD)
CSR推進部部長 一木典子さん
——サントリーHDは、愛鳥活動をされていますね。
一木さん 1970年代、高度経済成長の一方で公害問題が発生しました。鳥は翼があるので、環境が悪くなれば飛び去り、良くなれば戻ってきます。野鳥は環境のバロメーターだと気付き、自然と共に生きる企業として、1973年より愛鳥活動を始め、今年で50年になります。活動の一つとして89年に「サントリー世界愛鳥基金」を創設し、国内外の鳥類保護活動の支援を続けています。また、私たちは2003年から「天然水の森」という、水を育む森を守る活動をしています。「天然水の森」では、生態系の変化を把握するため、毎年専門家による野鳥調査もしています。
——「天然水の森」について詳しく教えてください。
一木さん 15都府県22カ所、約1万2000㌶に設定しています。森には水を貯蔵して浄化したり、河川流量を調整したりする水源かん養機能があります。「天然水の森」では、水源かん養林として高い機能を持ち、生物多様性に富んだ森を目指し、保護や整備をしています。場所により、それぞれの森が抱える課題は異なります。専門家による科学的な知見に基づき、最適な整備計画を立てています。
——手島さんは、小学校の校長を務めた後、現在は教育現場でSDGs(持続可能な開発目標)の普及に取り組んでおられます。森林についてどうお考えですか。
手島さん 世界の森林面積は約40億㌶で、全陸地面積の約30%を占めています。森林は、生物多様性を守る上でも、温暖化や災害を抑制し、人の暮らしを守る上でも非常に重要で、生きる基盤です。そのため、SDGsでも「陸の豊かさも守ろう」というゴールが設定されています。近年、アマゾンの熱帯雨林に代表されるように、世界で森林破壊が進んでいます。こうした現状を子どもたちにも知ってもらい、自分事としてとらえてほしいと思います。
——川上さん、森林保全を考えるにあたり、重要なことは何ですか。
川上さん どんな森林を目指すのか、明確にすることが大切です。森林も多様性が重要で、いろいろなタイプの森林があるからこそ、さまざまな生物や植物が生息することができます。うっそうと茂った密度の高い森林も生息地として重要だし、一方で鳥の生息数で言えば、もっと若い森林の方が多いこともある。単に構造物としての森林を目指すのか、それとも多様な生物がすめる森林を目指すのか。目的によって保全の仕方も全然違います。何となく自然を求める時代は、そろそろ終わりだと思います。
手島さん SDGsを考える上でも、目指す方向を明確にすることは、重要です。
NPO法人日本持続発展教育推進
フォーラム理事 手島利夫さん
——手島さんが、SDGs教育に取り組むようになったきっかけはありますか。
手島さん 2005年から13年間、小学校の校長を務めました。着任していた学校が、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の理念を学校現場で実践する「ユネスコスクール」として承認されました。でも、はじめは何をしたらいいか分かりませんでした。そんな時、日本科学未来館(東京都江東区)で、シベリアの永久凍土から掘り出された、マンモスの赤ちゃんを展示するという案内をいただき、見に行きました。そこから、ESD(持続可能な開発のための教育)の必要性を痛感したのです。
——なぜESDの必要性を痛感されたのですか。
手島さん 温暖化により永久凍土まで解けている事実に驚きました。マンモスの赤ちゃんの横に展示されていたモニターで、今後すごい勢いで温暖化が進んでいく地球の未来予測を目にし、衝撃を受けました。世界を持続可能なものに変えていくため、将来を担う子どもたちをどう育てたらいいのか。教育の方向性を考え、本格的にESDに取り組み始めました。15年には国連サミットでSDGsが採択されたので、今は教育現場でSDGsを広める活動をしています。
——今後、どのような教育が重要になりますか。
手島さん 知識を詰め込むだけでなく、知識を活用し、問題を解決できる能力を身につけることが大切です。そのために、読書も非常に有効だと思います。私が勤めていた学校では、地域の図書館と連携し、各学年の廊下に授業の内容に合わせた本を置いていました。図書館はハードルが高いと感じる児童もいます。手に取りやすいようにして児童が自ら、学びを深められるようにしていました。子どもが主体的に学ぶのをサポートする教育が重要だと思います。
——児童に読み聞かせもしていましたか。
手島さん 毎週1回、各教室に保護者や地域の人が来て、おすすめの本の読み聞かせをしてくださっていました。楽しみにしている児童も多かったです。
川上さん おすすめの本を読んでもらえたら、普段読まないような本にも接することができますね。素晴らしい取り組みだと思います。
一木さん 私も子どもが2人いますが、寝る前に本を読み聞かせていました。その時の子どもの表情が、すごくいいんです。想像を膨らませて、自分の世界を創り出していたんだと思います。
——一木さんにも忘れられない本はありますか。
一木さん 子どもの頃、ずっと好きだったのが「ジェインのもうふ」(アーサー・ミラー作、アル・パーカー絵)です。赤ちゃんの時にくるんでもらっていたピンクの毛布を大事にする女の子が主人公なのですが、家族の愛情、成長、物を大切にする気持ち、恩送りの喜びが伝わってきて、心地よかったのです。好きな本には、自分が大切にしたい価値観が反映されていて、自分を知る機会にもなるのだと思います。
——川上さんは大の読書家と聞きました。読書の魅力は。
川上さん 知的好奇心を満たすことは、生きる目的だと思います。私は、本のおかげで宇宙に行ったり、怪獣と戦ったり、いろいろなことを経験できています。子どもの頃は、生物に関心が無く、SF小説ばかり読んでいました。今も「叛逆航路」(アン・レッキー著)や、「マーダーボット・ダイアリー」(マーサ・ウェルズ著)のシリーズが好きで、早く続きが読みたい。SFの海外小説のつらいところは、1冊目が売れないと、2冊目以降が翻訳されないところ(笑い)。翻訳してもらえるよう、頑張って買っています。
——そんな川上さんでも読書感想文は苦手だったとか。
川上さん 本を読んで楽しく終わりたいのに、読書感想文では「ためになった」と書かなければいけないような気がして、苦手でした。そんな私でも、今は文章を書くのが大好きで、本を執筆する側になった。だから、読書感想文が苦手でも、気にしないでほしいです。一方で、得意な人にとっては、評価される貴重な機会。苦手な人もいれば得意な人もいて、多様でいいんだと思います。
——サントリーHDが、読書感想文コンクールに協賛を続ける理由を教えてください。
一木さん 私たちの企業理念は「人と自然と響きあい、豊かな生活文化を創造し、『人間の生命(いのち)の輝き』をめざす。」です。生命が輝くためには、情操が豊かに育まれていることが大切だと考えています。そのために、さまざまな分野に触れ、知り、時には新たな「問い」に出合うことができる読書は、最良のものです。読書の素晴らしさと、自分の言葉で表現する楽しさを、多くの子どもたちに知ってもらいたいという思いで、協賛を続けています。
第69回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書
——手島さんは読書感想文コンクールについて、どのような思いをお持ちですか。
手島さん 課題図書があるのがいいところだと思います。どんな本を読んだらいいか、分からない子どももいます。課題図書は発達段階に合わせて選定されているので、1冊の本をきっかけに、同じ作者の本を読んでみたり、過去の課題図書を読んでみたり、読書の幅を広げていくのもいいと思います。コンクールは、視野を広げるきっかけになるかもしれません。
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■人物略歴
◇一木典子(いちぎ・のりこ)さん……1971年生まれ。慶応義塾大学卒業後、1994年東日本旅客鉄道入社。不動産開発、地域活性化、子会社の経営を経て、2022年にサントリーHDに入社、現職。芸術文化、パラスポーツ、生命科学研究の支援振興やそれらを通した次世代エンパワーメントを担当。
◇川上和人(かわかみ・かずと)さん……1973年生まれ。小笠原諸島を中心に島に生息する鳥類の生態や、保全などを研究。著書に「鳥類学は、あなたのお役に立てますか?」(新潮社)、「鳥肉以上、鳥学未満。」(岩波書店)など。
◇手島利夫(てじま・としお)さん……1952年生まれ。2005年に東京都内の小学校長になり、政府のESD円卓会議に参画。「ジャパンSDGsアワード特別賞受賞校」となる。持続可能な社会の創り手を育む教育「ESD」の普及に取り組んでいる。著書に「学校発・ESDの学び」(教育出版)など。