<読んで世界を広げる、書いて世界をつくる。>
魚への膨大な知識と愛情、ユーモアあふれる語り口で老若男女の人気者となったさかなクンの半生を描いた映画「さかなのこ」が全国公開される。自分の「好き」をとことん追い求めて大学客員教授、名誉博士になっても、その好奇心、探究心は深まるばかり。さかなクンは本とどう触れ合い、読書感想文にどう向き合ってきたのか。さかなクン流の読書へのアプローチには、本を読むことや読書感想文が苦手な人へのヒントがぎっしり詰まっていた。【文・鈴木隆、写真・木村滋】
東京海洋大学名誉博士・さかなクン
さかなクンと本との触れ合いは小2のころから輝き出す。「タコちゃんに夢中になり、魚全般にも関心が広がった。興味を最初に広げてくれたのは図鑑だった」。読みものというより、調べるために図鑑のページを片っ端からめくった。元々、トラックなど種類が多く、特徴のあるものが好みだった。「クラスメートは野球選手に憧れたり、アイドルが好きになったりしたが、自分は魚。本物に会いたいし、知りたくなると止まらない。家から海まで遠かったので、近所の魚屋さんを訪ね魚に会いに行った」
学校の図書館にあるタコや魚の本を全部読み、タコやイワシの絵本で成長の過程を知った。魚が生まれて大人になるまでを知り、興味が広がっていった。「図鑑にはタコや魚の分布や生態、生活史まで具体的に細かく詰まっていた」
といっても、読書感想文は別のもの。「本を読んで自分の意見を書いたりまとめたりは得意ではなかった」。感想文で書いたのは「ズッコケ三人組」。ハチベエ、ハカセ、モーちゃんの3人のキャラクターは愉快で個性的だが、家や学校の描写が複雑でどうまとめるか悩んだ。そこに現れたのはやはり魚だった。シリーズの「ズッコケ財宝調査隊」の中で、林間学校のついでにモーちゃんの親戚の家に行ってアマゴをごちそうになり、近くの渓流でオイカワを釣る場面がある。読んでいるうちに「渓流の光景が浮かび、川の冷たい水を感じた」と昨日のことのように振り返った。「魚が出てきてとてもうれしかった。アマゴやオイカワがどんなところにいて、どんな特徴があるか調べ始めたら止まらなくなった。魚の魅力、食べておいしいことも伝えたい。こんなに楽しいことを分かち合いたい」とごく自然に読書感想文への苦手意識が薄らいでいったという。
さかなクンは読書や読書感想文に悩む人たちにこう話す。「自分の興味がわく本、夢中になれる分野の本を見つけるのが第一です」。好きな本は、読むだけで情景が思い浮かび、その本の世界にスーッと入っていける。小学生のころ大好きだった「ズッコケ三人組」は文字は多いが、読みながら3人の中の一員になったような気持ちになった。「読み終えた時に、この旅や冒険を体感できたという思いで書くことができた。感動冷めやらぬうちに書くことも大事」と付け加えた。
こんなエピソードも教えてくれた。中学生になった時に吹奏楽部に入った。魚のいる水槽があると思って……。「おかげで吹奏楽も好きになって、今でもサクソフォンやクラリネットを時々奏でている」。きっかけはともかく、「好き」から転じて楽器の演奏まで習得してしまうさかなクンの好奇心と集中力の高さに驚く。今でも「ある魚を知ろうとしても、謎は多く全てを知ることはできない」と知的探究心は広がり続けている。
さらに、さかなクンからお父さんやお母さんへのお願いもある。「もしも余裕があったら、同じ本をお子さんと一緒に読んで、同じ思いになっていただけたら、最高です」と言い、声のトーンを一段上げた。同じ本を読む共通体験で、感想を述べあい話題が広がっていく、というのだ。
また、自身のことを描いた映画「さかなのこ」についても、「心から感動した。小さいころのことを思い出したりして懐かしい気持ちで見たが、新たなさかなクンの世界も感じて、後を継いでいただきたいという心境にもなった。コロナ禍が続き、戦争など世界情勢も変動していく。この映画を見て優しい気持ちや穏やかな時間を感じてくれたらうれしい」と話し、「すっギョい映画なので、ギョ百回は見たいです」と元気に話した。
東京都生まれ、千葉県館山市在住。東京海洋大学名誉博士、客員教授。魚の生態や料理法などの豊富な知識で知られ、全国各地での講演や著作活動を行う。魚の専門家や学者、マスコミでも活躍し、これまでにお魚大使、日本ユネスコ国内委員会広報大使、サステナビリティ広報大使、海とさかなの親善大使など多数の役職に就任。トレードマークとなった頭のハコフグで、テレビ番組などで魚や海の不思議を楽しみながら紹介する人気者。2012年には海洋に関する研究や啓発行動の功績が認められ「海洋立国推進功労者」として内閣総理大臣賞を受賞。