◆毎日新聞2021年7月10日 全国版朝刊

本は身近な情報源 未知の世界の扉開く

<読んで世界を広げる、書いて世界をつくる。>

 第67回青少年読書感想文全国コンクール(主催・全国学校図書館協議会、毎日新聞社)の課題図書が、夏休みを前に発表された。新型コロナウイルス禍の影響を受ける日が続くが、夏休みは本を読み、世の中で起きていることに目を向ける機会だ。地球環境の問題はその一つ。東京大大学院新領域創成科学研究科の特任教授でサイエンスライターの保坂直紀さん、国立科学博物館動物研究部研究主幹の田島木綿子さん、サントリーホールディングス(HD)サステナビリティ推進部部長の輿石優子さんが、自然や生物を取り巻く環境について語り合った。【司会・明珍美紀、写真・木村滋】

◇知識を知恵に変えよう……東京大大学院特任教授・サイエンスライター 保坂直紀さん

東京大大学院特任教授・サイエンス
ライター 保坂直紀さん

——私たち人間の行為によって生き物たちの命がおびやかされる。その一つが海洋の汚染、海のプラスチックの問題です。

保坂さん プラスチックごみの問題は社会経済の仕組みが絡まるので、とても複雑です。私が書いた「クジラのおなかからプラスチック」という本は、2018年、タイの海岸に打ち上げられたオスのクジラの胃から80枚を超えるプラスチックの袋が出てきたことから始まって、なぜ陸にあるプラスチックの袋が海に流れたのか、それが生き物にどんな影響を与えているのかなどを事実や学術的な論文をもとにまとめました。事実を大事にして科学と社会との関係を説明しながら、子どもたちに海洋汚染だけでなく、地球温暖化の問題も考えてもらおうと工夫しました。

おほんちゃん

◇自分と向き合う「書く」……国立科学博物館動物研究部研究主幹・田島木綿子さん

国立科学博物館動物研究部研究主幹
田島木綿子さん

——田島さんは、やはり18年に、神奈川県鎌倉市の由比ケ浜に漂着したシロナガスクジラの赤ちゃんの胃からプラスチックの破片が見つかった際、調査に携わりました。

田島さん 私は鯨類が生死を問わず海岸に乗り上げ、自力では泳げない状態になる「ストランディング」の原因や、人間社会の発展が、海棲(かいせい)哺乳類、すなわちクジラやアザラシのように哺乳類でありながら水中で生活している生き物たちに及ぼす影響について研究しています。海岸に打ち上げられた生物の体内からプラスチックやナイロン片が見つかることは、以前からありました。由比ケ浜のときは、クジラの赤ちゃんの胃から発見されたということで、人々の関心が一気に高まり、我々が把握している事実、情報はもっと発信していかなければいけないと気づかされるきっかけになりました。

おほんちゃん

◇自由な気持ち共有して……サントリーHDサステナビリティ推進部部長・輿石優子さん

サントリーHDサステナビリティ
推進部部長・輿石優子さん

——プラスチックの使用削減に努めるなど、企業も対策に取り組むようになりました。それだけ気候変動や環境の問題が顕著になってきたということですね。

輿石さん 地球環境が保全されてこそ、企業活動は成り立ちます。サントリーが「人と自然と響きあう」を企業理念に掲げているのは、自然と共生してこそ企業も持続可能だと考えているからです。ミネラルウオーターとして採水したり、ビール、ウイスキーなどをつくったりするための水はみんなの共有資源であり、良質な地下水を育むには森を健康な状態に保つことが重要です。サントリーは森を守り育てる「天然水の森」活動を展開してきました。使用済みのペットボトルをリサイクルして再びペットボトルにする「水平リサイクル」にも力を入れています。

——日々の生活をできるだけ環境に負荷をかけないスタイルに変えるには何から始めるといいでしょうか。

保坂さん プラスチックのごみについて言えば、まず使用量を減らすことを心がける。プラスチックは便利な物質なので、使った方がいい場合もありますが、他のもので代替できるなら切り替える。ごみはきちんと分別して廃棄です。ポイ捨てをしない。それだけで海のごみを減らせます。陸でポイ捨てされたごみは、風に飛ばされ、川、そして海へと流れ出ることがあるからです。民主主義の社会では一人一人の自覚と行動が、よりよい社会をつくることにつながります。

田島さん 海岸に打ち上げられるクジラたちの病気や胃の内容物を調べている私としては「一刻の猶予もない」というのが実感です。気候変動の影響で豪雨などの水害が顕著になっていますが、そのたびに大量のごみが川から海に流れ出しています。プラスチックのごみは目に見えない環境汚染物質を吸着しています。こうした環境汚染物質によって免疫力が低下し、死ななくていい生き物が死んでしまうこともあります。

——環境問題について家庭で話し合うときのアドバイスを。

田島さん 博物館や学術機関の最新情報を得ていただきたいと思います。これまでの調査、研究の成果や資料が発信されていることがあるからです。また、大学、研究機関と全国規模でストランディング対応のネットワークを結んでいるので、さまざまな情報が得られます。

おほんちゃん

——そうした情報源の一つに本があります。みなさんの子ども時代の読書体験は。

第67回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書

保坂さん 動物と対話ができるお医者さんが主人公の「ドリトル先生」シリーズは、夏休みに汗をかきながら全巻、読破しました。「なぜだろうなぜかしら」といった科学本もよく読みました。本は知識を与えてくれますから、そうした読書の積み重ねが今につながっていると思います。

田島さん 子どものとき、獣医になりたい、それも馬や牛のような大きな動物を診たいと思っていました。そして、図書館で借りた「オルカ―海の王シャチと風の物語」を読んでシャチに興味を持つようになって、野生のシャチを見るためにカナダ・バンクーバーのツアーにも参加しました。「何とかこの動物たちに関わりたい」と考えるようになり、現在に至っています。本は、自分の知らない世界に連れて行ってくれます。わくわく、どきどき。好奇心、探究心を養ってくれるものです。

輿石さん 私は寝るときの親の読み聞かせで、本が好きになりました。冒険物や海外の少女向けの物語で想像力を膨らませ、やがて歴史物、古典に興味が移りました。源氏物語では、普通の生活では使わない昔の言葉を知り、結果的に(大学で専攻した)日本美術史学に結びつきました。自分を形成していくうえで本の存在は大きかったですし、異文化を考えるきっかけにもなりました。

おほんちゃん

——子どもたちが本を読み、感想文を書くことの意義は。

輿石さん 思ったことを素直に書いてほしいと思います。書くことによって自分の考えがまとまり、思いを相手に伝えることができます。未来を担う若い方たちには、自分の自由な気持ちを言葉に乗せ、それを周りの人たちと共有してほしい。そこから新しい何かが生まれることに期待しています。

田島さん 本を読んで、自分の思ったことを原稿用紙に書く。単純な動作ですが、自分と向き合う良い時間です。書くことで漢字を覚えることもできます。私はいま、大学で講義をしていて、板書するときに漢字を思い出せないときがあります。パソコンを使うようになって、自分で字を書かなくなったからですね。学生たちもそうです。板書の文字をノートに書き留めるのではなく、携帯電話やスマートフォンで写していますから。

保坂さん 環境問題の解決に必要なのは知識というより知恵です。感想文を書くことは、自分がどう感じたかを文章にして再構成していくことです。それこそまさに、知識を知恵に変える作業です。文章を書くために考え、その内容を相手に伝える。そのときは相手の批判を受ける覚悟で臨む。「自分はこう考えた。さあどうだ」という勢いがあっていい。それが将来の自分につながると思います。


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■人物略歴

◇輿石優子(こしいし・ゆうこ)さん…1977年生まれ。東京大文学部卒。2000年サントリー入社。飲料、輸入酒のマーケティング業務などに関わり、11年一橋大大学院国際企業戦略研究科にて経営学修士号取得。事業開発業務および米国勤務を経て20年4月から現職。

 

◇保坂直紀(ほさか・なおき)さん…1959年生まれ。東京大理学部地球物理学科卒。同大大学院で海洋物理学専攻。博士課程を中退して85年読売新聞社入社。主に科学報道に携わり在職中に東京工業大で博士(学術)。2013年退社。19年東京大大学院特任教授。著書に「やさしく解説 地球温暖化」など。

 

◇田島木綿子(たじま・ゆうこ)さん…1971年生まれ。東京大大学院農学生命科学研究科修了。国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹。筑波大学大学院生命環境科学研究科准教授。獣医師。博士(獣医学)。著書に「海棲哺乳類大全」「海獣学者、クジラを解剖する。」など。

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◇おもしろいをきっかけに……全国学校図書館協議会理事長・設楽敬一さん

全国学校図書館協議会理事長
設楽敬一さん

 新型コロナウイルス禍の猛威が長引いていますが、家にいる時間が長くなった分、子どもたちは本を手に取る機会が増えたのではないでしょうか。特に夏休みの期間中は、本をじっくり読めるいい機会なので、本を通じて未知の世界と出合うチャンスでもあります。

 コンクールは1955年に始まり、当初は名作や古典を読んで応募してくることが大半を占めていました。「新たな作品と出合う機会をつくろう」と第8回(62年)から過去1年間の新刊限定で課題図書を設定することになり、読みやすい、手応えがある、その年代に適している、多様な視点で感想文が書けるなど、さまざまな要素を取り交ぜ、誰もが参加しやすいようバランスを取りました。自由読書の部も設けています。

 感想文を書くことを難しく考える必要はありません。本を読んで印象的だったこと、おもしろいと思ったことをメモすることから始めるのもいいでしょう。読書メモを感想文の一つとみれば、本を読む楽しみが増し、次は「もっと長い文を書いてみよう」となります。感想文を書いてコンクールに応募することは、本の世界に入る初めの一歩。そうとらえてもらえれば、うれしいですね。