◆毎日新聞2021年6月3日 全国版朝刊

感情と言葉、つないでくれる 喜怒哀楽、表現超えて
俳優・松井玲奈さん

<読んで世界を広げる、書いて世界をつくる。>

 俳優としてテレビドラマや舞台で活躍するほか、近年は小説「カモフラージュ」「累々」(いずれも集英社)を執筆するなど、作家としての顔も持つ松井玲奈さん(29)。「『喜怒哀楽』だけでは表しきれない多様な感情を表現できる言葉が、本には隠れている」と読書の魅力を語る。【屋代尚則】

 松井さんが食にまつわるさまざまな自身の体験や思い出をつづったエッセー集「ひみつのたべもの」(マガジンハウス)が4月、刊行された。雑誌「anan」(同)に約半年間掲載された連載や、書き下ろしの文章を収めた。連載時はドラマの撮影などで忙しくても、「きょうは書く日にしよう」とパソコンに向かう時間を作り、主に自宅で執筆に取り組んだという。

 読者から多くの感想が寄せられる中で、予想外だったのが「たべる」と題した一編への反響だった。高校時代に芸能界デビュー後、多忙が理由で食が細くなってしまった。心配した母がある夜、ニンジンやブロッコリーなどを蒸した温野菜を皿に盛って出してくれた――という思い出をつづった。「いろいろな体験の中の一つの話という感覚で、友達に話すようなつもりで書いた一編でした。でも、心にしみたと言ってくれた人がとても多かった」。自らの文章が読者に「刺さった」ことのうれしさと、感謝を口にする。

◇ハリーと学校へ

 2、3歳の頃から絵本が好きで、親に読んでもらっていたという松井さん。小学生の時に熱中したのは、J・K・ローリングさんの小説「ハリー・ポッター」シリーズ(静山社)。いつもシリーズの一冊をかばんに入れて登校していたという。中学校時代も、作家の西尾維新さんの小説などを読み進めていった。

 その後、仕事が忙しくなり、思うように本を読めない時期が続いたが、20代前半の時に手にした作家、島本理生さんの小説「よだかの片想い」(集英社)をきっかけに本の世界に舞い戻った。「物語ってやっぱり、面白いなと思った。今も大好きな本です」

 数年前に読んだ、演出家の鴻上尚史さんが40歳を前に英国の演劇学校で学び始めた体験をつづった「ロンドン・デイズ」(小学館)にも、心を大きく揺さぶられた。「やりたいことをやるのに年齢は関係ない、熱意を持って真っすぐに進めばいいんだと思った」と語る。書店では、表紙を見てピンときた本を何冊も「ジャケ買い」することもあり、本に親しむ日々を送る。

 子供たちにお薦めの本として挙げるのは、作家、大前粟生さんの短編集「岩とからあげをまちがえる」(ちいさいミシマ社)。主人公の女の子が、岩を唐揚げだと思って口にしたら、歯が欠けてしまった――などの不思議な話が続く本だが、「大人が忘れてしまったような発想が、ぎゅっと詰まっている」。平易な文で書かれており、子供も大人も一緒に楽しめる本だという。

◇感想文、苦手だった

 子供の頃、学校の課題として読書感想文を書いたが、「何を書いたらいいんだろう、と思ってしまって。決して得意ではなかったです」と、苦笑いする。しかし、読書感想文に取り組んだ“先輩”として、原稿用紙を前に悩んでしまう子供たちにアドバイスを送る。「物語の主人公を見習ってこうなりたいと書くだけでなく、逆に主人公の考えは間違っているとか、腹が立ったと思ったなら、その思いをストレートに字にしてみてもいいかも。そうしたら文章に個性が出て、面白い感想文だと言ってもらえるかもしれません」

 松井さんにとって、読書の魅力とは何だろうか。

 「成長すると『喜怒哀楽』では表現しきれない、楽しいや悲しいの間にある感情が、自分の中にあることに気付くはず。その思いをうまく言葉にできず、もやもやすることもあると思うんです。本には、それまでは表現できなかった感情を表せる言葉が隠れている。ぜひ本を開いて、そんな言葉に触れてください」

おほんちゃん


■松井玲奈(まつい・れな)さん略歴

1991年7月27日生まれ。愛知県豊橋市出身。2008年に芸能界デビューした。NHK連続テレビ小説「まんぷく」「エール」、舞台「新・幕末純情伝」などに出演。21年11月に主演映画「幕が下りたら会いましょう」が公開予定。