◆毎日新聞2020年07月15日 全国版朝刊

「絵本で開く 世界の『窓』」お笑い芸人・ひろたあきらさん

◇広がる空想、無限大

 お笑い芸人、ひろたあきらさん(31)の自宅の本棚には300冊以上の絵本が並ぶ。絵本の読み聞かせに取り組み、2019年には自ら創作した絵本「むれ」を出版し、「絵本芸人」と称している。ひろたさんにとって絵本は、ページをめくればどこへでも行ける「世界をのぞける窓」だという。【篠口純子】

◇幅広い世代に人気

 「一匹だけ毛がありません」。ページいっぱいに描かれたヒツジの群れを示しながら、自ら描いた絵本「むれ」を読み聞かせる。子どもたちは一斉に毛のないヒツジを指さす。「むれ」は、鳥や魚、花など、さまざまな群れの中から一つだけ違うものを探す楽しさを味わえる。最後は、群れから外れた一匹のアリに、ある出合いが訪れる。多様性の受容や個性の尊重といったメッセージが込められ、子どもから大人まで幅広い世代に人気になっている。

 当初は違う結末を考えていたが、10回以上試行錯誤を繰り返した。びっしりと描かれたアリや魚の群れは、一つ一つすべて手描きだ。「締め切り直前まで何度も描き直しました」と振り返る。色鉛筆は握れなくなるほど短くなり、100枚以上もボツにした。徹夜をしても間に合わず、出版社の会議室でギリギリまで色を塗った。

◇「契機」はネタ作り

 「絵本芸人」として活動しているが、もともと絵本に詳しかったわけではない。愛知県出身で、お笑いに興味を持ったのは小学生のころ。工業高校に進み、文化祭のステージで友達とコンビを組んで漫才を披露した。トヨタ自動車のお膝元とあって、同級生の多くが自動車関連の会社に就職したが、デザイン専門学校に進学した。週末には高校の友達と漫才のライブをするため路上に出た。

 専門学校を卒業後、吉本興業に入り、先輩とコンビを組んだ。ところが先輩が突然、行方不明になり解散。それを機に15年に上京し、新しい相方とコンビを組むが長くは続かなかった。1人で芸人を続けるために専門学校で学んだことを生かし、絵本を作ってネタを披露しようとした。しかし、あまり絵本を読んでこなかったことに気付き、本屋へ足を運んだ。そこで出合ったのが長新太さんの絵本「ゴムあたまポンたろう」(童心社)だった。「ナンセンスの神様」と言われる長新太さんの自由すぎる話の展開、大胆な色遣いや構図の絵に衝撃を受け、絵本に魅了されるようになった。読み聞かせイベントなどをしていく中で、子どもたちとやりとりできる絵本を作りたいと「むれ」が生まれた。

◇自粛で見えた魅力

 新型コロナウイルスの影響で、劇場でのライブや読み聞かせイベントができない日々が続く。自粛期間中は、気になっていた絵本を10冊以上買い込んだ。「ページをめくるだけで、外国でも、不思議の国でも、海の中でも、別の世界に行ける。知らない世界をのぞいている感じがする」。当たり前に過ごしていた日常が一変したからこそ、空想が広がる絵本の魅力に改めて気付いた。

 興味を持った人にまつわる本やエッセーを読むことが多い。アンパンマンの生みの親、やなせたかしさんの伝記「勇気の花がひらくとき やなせたかしとアンパンマンの物語」(梯(かけはし)久美子著、フレーベル館)は小学生にもお薦めだ。アンパンマンが生まれた背景に戦争体験があったことは知っていたが、やなせさんの生い立ちに初めて触れた。5歳で父を亡くし、2歳下の弟は伯父の家に養子として引き取られた。しばらくして、やなせさんも伯父の家に預けられ、「すぐに迎えにくる」と言った母親は再婚して新しい生活を始めた。「こんなに苦労したから人にやさしい物語が作れるのだろう。生い立ちを知ってアンパンマンの見方が変わった」と話す。

 絵本芸人となった今、子どものころに読んだ絵本と再会し、懐かしさを感じることもある。「本を読むのが苦手な子は、絵本から入ってもいいと思う。絵本は小さい子が読むイメージがあるけれど、大人が読んでも勉強になる。好きな本を一冊でも見つけてほしい」。特別な一冊との出合いを願っている。

おほんちゃん


■ひろたあきらさん略歴

1989年生まれ、愛知県出身。吉本興業に所属。ライブなどで活動するほか、絵本を用いたイベントや読み聞かせ会を積極的に行う。毎日小学生新聞でおすすめの絵本を紹介するコラム「ぼくの本だな」を連載中(毎月第2土曜、一部地域は日曜)。