◆毎日新聞2020年07月11日 全国版朝刊

<新たな世界に出合う 読書の「旅」に出よう>

 第66回青少年読書感想文全国コンクール(主催・全国学校図書館協議会、毎日新聞社)の課題図書が発表された。今年は新型コロナウイルスの影響による臨時休校への対応策で夏休みを短縮する学校が多いが、夏休みは読書というもう一つの「旅」ができる好機だ。私たちを新たな世界との出合いに導く本の魅力について、文部科学省総合教育政策局の浅田和伸局長と、芸人・プロデューサーで同省のクロスカルチュラルコミュニケーション大使の古坂大魔王さん、コンクールの協賛をするサントリーホールディングス(HD)ヒューマンリソース本部キャリア開発部課長の阿部優子さんが語り合った。【司会・明珍美紀】

◆「ステイホーム」で増えた本との時間

◇心にピコッ、見つけて……文部科学省総合教育政策局長・浅田和伸さん

——コロナ禍で外出自粛が長引きました。みなさんの読書時間は増えましたか。

文部科学省総合教育政策局長
浅田和伸さん

浅田さん 私は国会対応などもあり、通常の勤務でした。普段は1カ月に10冊ぐらい読みます。感染が広がる前には、「ビブリオバトル」の大学生、高校生の全国大会にも行きました。ビブリオバトルは自分の好きな本の内容を短時間で語る、いわば書評合戦。いい取り組みだと思います。そこで知った本も読みました。

古坂さん 外出自粛の中でも自宅にレコーディングシステムを準備し、テレビ、ラジオ、ピコ太郎のプロデュースなど通常通り仕事はしていたので読書に没頭する時間はなかったのですが、2歳の長女との時間はしっかり持つことができました。絵本の読み聞かせもしていて、たとえば「おおきなかぶ」。人や動物が次々に集まって大きなカブを引き抜く話ですが、引き抜いたらおしまい。「一体、この物語の意味することは何だろう」と僕自身、読みながら考えました。

阿部さん 人材開発の担当をしていて、9歳の娘がいます。私もほぼ在宅勤務でしたが、この間、オンライン読書会に参加し、タイなど海外を含め、約20人がインターネットを介して集まりました。一冊の分厚い本をメンバーで分担して読み、決められた時間で中身を要約して発表する形式で、その後、感想や意見を出し合います。集中力や要約力が鍛えられ、多様な視点からの気づきがありました。

——子どもたちはどうでしょう。

古坂さん 知人に聞くと、休校になって初めは勉強を後回しにして遊んでいたのが、やがて家の手伝いを始め、そのうちに家にあった本を読み始めたそうです。コロナ問題で大変でしたが、変化はあったと思います。

阿部さん 私は熊本で生まれ、小学生の時は野原を駆け回っていました。今の小学生は忙しいですよね。小学4年の娘は習い事などで多忙な毎日でしたが、「ステイホーム」で明らかに読書時間が増えました。娘と夫が並んで読書する姿を度々、見ました。

浅田さん 文科省が開設した「子供の学び応援サイト」の中に「きみの一冊をさがそう!」という子どもの読書応援ページを設けました。子どもたちに読書の楽しさや本の魅力を伝えるには大人が楽しそうに本を読むことです。以前、中学校の校長をしていた時に、「朝読書」の時間をつくりました。思っていたよりずっと早く定着し、効果が大きかったと感じています。大事なのは、その間は教師も一緒に教室で静かに本を読む。

古坂さん それですよね。僕は子ども時代を振り返ると、漫画が好きで「ドラゴンボール」や「キン肉マン」などを夢中になって読んでいました。通っていた青森市の小学校は、図書館に漫画があり、原爆をテーマにした「はだしのゲン」や、「火の鳥」などの手塚治虫作品をそろえていた。漫画のコーナーの隣には江戸川乱歩、赤川次郎作品などが並び、今思えば、そこから少しずつ難しい文学作品へと子どもたちを導いていたのだと思います。

——先生が工夫していたのですね。

古坂さん 読書によって言葉を知り、その言葉の持つ味わいや香り、そういうものに触れていくことが想像力を養うことになるのではないでしょうか。

おほんちゃん

◇発信力を育む機会……サントリーHD・ヒューマンリソース本部キャリア開発部課長 阿部優子さん

——IT(情報技術)化が進んでいます。社会の変化をどうとらえていますか。

サントリーホールディングス・ヒューマンリソース本部キャリア開発部課長
阿部優子さん

阿部さん 「人生100年時代」が到来しつつありますが、各自が個として志を持ち、自己実現する社会において、何歳になっても学び続けることが大事。コロナ禍の中で新入社員研修などはほとんどオンライン。それでも成果はあると実感しました。ITにより機会が広がる一方、受け身ではコミュニケーションの幅が狭くなります。能動的に行動していく発信力が求められるでしょう。

古坂さん IT化がどれだけ進もうと人は人に会う。紙の媒体と、インターネット、それもパソコン、スマートフォンなどを使い分けられる人が今後、活躍するような気がします。

——それぞれのいいところを上手に選んで取り入れる。

古坂さん とはいえ、ネット上の中傷やいじめなど、今は悪い面が多すぎる。子どもにはメディアリテラシー(メディアが発信する情報を判断し、理解、活用する力)を教えていくつもりです。

浅田さん メディアリテラシーはとても重要です。ネットで情報を集めたり発信したりする時にそれが本当に正しい情報なのかをきちんと確認したり、判断したりすることが必要になります。悪意がなくとも間違った情報を発信して人を傷つけることがあります。子どもたちを加害者にも被害者にもしたくないですからね。

おほんちゃん

◇君も「スペシャルワン」に……芸人・プロデューサー 古坂大魔王さん

——コンクールに期待することは。

古坂さん 課題だと言われると、反発するかもしれないけれど、読んで感じたことを書いてアウトプットすることによって、自分がその本から得たもの、すなわちインプットがより深まる。表現をし始めた瞬間に自分が本当に感じたことは何かが分かります。
 みんなと同じではないことをしようと思ったら、本を読んでみてください。僕も、新しい舞台がもう一つできた。知識、思考力が豊富で文章力のある人たちが書いた本を読んだ上で、ネットに書かれているものと比べてみる。「ナンバーワンよりオンリーワン」といわれていますが、自分が「スペシャルワン」になれるチャンスです。

阿部さん サントリーは「人と自然と響きあう」を企業理念に掲げ、芸術、文化、学術などの支援を通して「人々の豊かな生活に貢献したい」という思いを大切にしています。次世代を担う子どもたちには豊かな感性を磨いてほしい。良書との出合いは、読書の素晴らしさを体感し、想像力や発信力を育む機会になります。

浅田さん 私は香川県の豊島(てしま)という離島の出身ですが、やはり子どもの頃、読書感想文を書いて応募した記憶があります。
 子どもたちには、何かに熱中したり、打ち込んだりする時間をたくさん持たせてあげたい。大人はそれを邪魔しないこと。読書は過去や未来、宇宙や知らない国、あり得ない空想の世界にだって行けます。自分の好きなもの、得意なものを見つけるきっかけになります。本の世界はとても広いから、誰でも心にピコッと合う本が必ずあります。

おほんちゃん


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■人物略歴

◇浅田和伸(あさだ・かずのぶ)さん……香川県出身。東京大学文学部心理学専修課程卒業後、1985年文部省(現文部科学省)入省。総務課長、官房審議官などを経て2019年7月から現職。12年までの3年間は東京都品川区立中学の校長を務めた。

 

◇阿部優子(あべ・ゆうこ)さん……熊本県出身。九州大学卒業後、2000年サントリー入社。千葉支店、営業推進部、ダイバーシティ推進室を経て17年4月から現職。

 

◇古坂大魔王(こさかだいまおう)さん……青森市出身。お笑い芸人「底ぬけAIR-LINE」でデビュー。情報番組などに出演し、幅広い分野で活躍。文部科学省や総務省など5省庁で各プロジェクトのアンバサダーに任命される。

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◇読み合い、話し合う場……全国学校図書館協議会理事長・設楽敬一さん

全国学校図書館協議会理事長
設楽敬一さん

 新型コロナウイルスへの対応による臨時休校で家庭学習となり、多くの学校で読書の課題が加えられた。新学期に入ってからは「コンクールの課題図書を教えてほしい」という問い合わせが例年より多く、ブックリストを児童にインターネットで配信したいという要望もあった。東日本大震災の被災地で本が子どもたちの糧になっているとしみじみ感じたが、このような「巣ごもり」の時も本が大きな存在になったのではないか。

 コンクールが始まった1955年当初は、名作、古典を読んでの応募がほとんどだった。「子どもたちに新しい作品と出合う機会を」と願い、第8回の62年から過去1年間の新刊限定で課題図書を選定することになった。読みやすいもの、その学年に適しているもの、手応えのあるものを取り交ぜ、誰もが参加できるようバランスを取り、さらに自由読書の部を設けている。

 感想文を書くことに慣れていないなら、本を読んでおもしろいと思ったことをメモすることから始めてみるのはどうか。読書メモを一つの感想文と見なせば読む楽しさが増す。

 感想文を書くことは、ゴールではなく本の世界に入るスタート。感想文を互いに読み合い、話し合う場として捉えてほしい。