◆毎日新聞2019年7月11日 全国版朝刊

「言葉にもまれ 言葉を探す」フリーアナウンサー・小川彩佳さん

 先月、TBS系の夜の報道番組「NEWS23」のメインキャスターに就任した小川彩佳さん(34)。12年間勤めたテレビ朝日を今春退職し、フリーになって報道の現場に戻ってきた。小川さんは「言葉を扱う仕事なので、意識的に小説を読んで言葉にもまれる体験をしています」と話す。【出水奈美、写真・吉田航太】

 「NEWS23」の“顔”になって約1カ月。「徐々に徐々に、リズムがつかめてきたところでしょうか」と現在の心境を語る。

テレビ朝日時代は「報道ステーション」のサブキャスターを7年半にわたって担当し、インターネット番組「Abema Prime」のキャスターにもチャレンジした。着実にステップアップしていくなかでの転身だが、「男性が一番バリバリ働いてキャリアを積み重ねるタイミングに、女性は結婚、出産が重なる。女性としてこれからどう生きていくか、悩んだうえでの決断でした」と胸の内を明かす。

 報道番組でも原稿を読むだけでなく、臆することなく自分の言葉と表情を添えて、視聴者に思いを届ける。「そのシーンにふさわしい言葉は何か。今の自分の感情を表現するのにフィットする言葉は何か。常に言葉を探す努力をしています。私は小説を読んでいないと、言葉が増えないし、出てきません。読んでいる本の表現や文体に影響を受けやすいんです」と穏やかな笑みを浮かべる。

◇引き込まれた村上作品

 子どもの頃から「いつも本がそばにありました」と話す小川さん。家族そろって読書好きで、毎週のように図書館に通って貸出冊数の上限まで借りて読んだ。

 「中学生になると、ちょっと背伸びをして、いろんな文豪に手を出しました。太宰治、武者小路実篤、三島由紀夫……。心に残っているのは、山本有三の『路傍の石』『真実一路』『女の一生』です。愚直に真っすぐに泥臭く生きている主人公が好きで、私も頑張ろうと思ったのを覚えています。通学の電車ではエッセーを読み、家では文学を読む。空想にひたることが好きでした。文学少女だったと思います」

 とりわけ衝撃を受けた本が、大学時代に読んだ村上春樹さんの「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」。村上作品は中学生の時に「ノルウェイの森」を手に取ったが理解できず、途中でやめてしまった。以来、敬遠していたという。

 「短期留学先のスペインで出会ったイタリア人の女の子に、『日本人なのに村上春樹を読んでいないの? 面白いのに』と言われて、手に取ったのが『世界の終り……』でした。電車のつり革につかまって読んでいたのですが、ぐーっと引き込まれて。主人公がおなかを切られるシーンで気絶しそうになったんです。隣のサラリーマンの男性に『大丈夫?』と抱き起こされる経験をしました。没頭する楽しさ、創造力を広げさせてくれる文字の可能性を知った一冊でした」

◇出合う表現、大切に

 忙しくなった今でも、せっせと本屋に足を運ぶ。インターネットで買うよりも、書店派。表紙を見て「キューンと引っ張られる本」との出合いを大切にしている。

 「放送が終わって寝る前の午前3時とか4時とかに、おふろの中で読んだりしています。没頭してしまうとなかなかやめられません。最近読んだのは西加奈子さんの『さくら』、絲山秋子さんの『袋小路の男』。それに、NEWS23のアンカーの星浩さんが書評を書いていたジェラルド・カーティスさんの『ジャパン・ストーリー』も。勉強のために本を読むことが増えました」

 最後に、小川さんが忘れられない小説の文章を教えてくれた。

 「金閣は雨夜(あまよ)の闇におぼめいており、その輪郭は定かでなかった。それは黒々と、まるで夜がそこに結晶しているかのように立っていた。」(三島由紀夫「金閣寺」)

 「中学生の時に驚愕(きょうがく)した表現です。え、夜が結晶?と思ったのを覚えています。小説は、そういうとんでもない表現に出合える場所。本の中で出合う表現を大切にしていきたいですね」

おほんちゃん


■小川彩佳(おがわ・あやか)さん略歴

1985年生まれ。東京都出身。青山学院大卒。2007年にテレビ朝日入社。「報道ステーション」サブキャスター、インターネットテレビ・AbemaTVの「AbemaPrime」などを担当して今春、退社。6月3日からTBS系「NEWS23」のメインキャスターに就任した。