◆毎日新聞2018年7月7日 全国版朝刊

「3氏が語る魅力と意義」

 「読書の夏」が迫ってきた。第64回青少年読書感想文全国コンクール(主催・全国学校図書館協議会、毎日新聞社)の応募要項、課題図書はすでに発表されており、どの本を読もうかと考えている小中高生は多いだろう。多様性を学ぶことと読書の関係、読書感想文を書くことの意義などについて、前回コンクールの総理大臣賞受賞作品(高校生の部)が取り上げた「白磁の人」(第41回コンクール課題図書)の作者、江宮隆之さん、同協議会理事長、設楽敬一さん、コンクールの協賛をしているサントリーホールディングス(HD)の執行役員、福本ともみさんの3人に語り合ってもらった。【司会とまとめ・河出卓郎、写真・山田茂雄】

◇違い知る力、社会で必要……サントリーホールディングス執行役員・福本ともみさん

——最近の小中高生の読書事情はどうでしょうか。

サントリーホールディングス執行役員
福本ともみさん

設楽敬一さん 昨年の「学校読書調査」によると、5月1カ月間の読書冊数は、小学生が11・1冊、中学生が4・5冊。高校生が1・5冊です。2000年を境にして増加傾向にあります。それ以前は小学生は6冊ぐらい。中学生も2冊ぐらいでした。ただ、二極化していて、本をたくさん読む子と、そうでない子に分かれています。

——子どもが本を読むきっかけは、学校の指導のほか図書館の役割もあります。江宮さんは「本の寺子屋」という活動に関心をもたれていますね。

江宮隆之さん 文芸誌の編集長だった方が長野県塩尻市立図書館で始めた運動です。本は書き手だけでは成り立たない。編集者、出版社、取次店、本屋さん、図書館などを経て、読者の手に渡るのだという考えから、いろんな立場の人が交流し、講演会や講座、展示会などを行います。図書館を昔の公民館のような地域コミュニティーの拠点にする運動です。私が住む山梨県でも動き出しています。ひとつの図書館だけでなく、市町村を超えた広がりを持たせたいと思っています。

——社会人は本を読んでいますか?

福本ともみさん 世の中の変化は早く、ビジネスもグローバルになっているので、学び続けるために、読書は必要です。ただ、どうしても自分の仕事に必要な本や、情報の収集に偏りがちです。本当に必要なのは、情報を取捨選択し、異なった意見を持つ人の立場や背景を理解して、自分の頭で考えて結論を導き出す力です。そのためには自分の専門以外の知見やその土台となるフレームワークや価値観を身につけるための読書が必要だと思います。

◇いろんな読書楽しんで……作家・江宮隆之さん

——最近は多様性(ダイバーシティー)が注目されています。多様性を学ぶには読書は有効な手段でしょうか。

設楽さん 教科書だけでは学びきれない部分や教科書と違う意見などを補完するのが、学校図書館が備える多様な図書・資料です。読書感想文コンクールの課題図書も多様性に対応する形で選定しています。

——江宮さんの「白磁の人」は、日本と韓国という国籍や民族の問題がテーマのひとつですね。

作家 江宮隆之さん

江宮さん 戦後、韓国の人は日本人に対して「日韓併合時代を謝れ」と言い、日本人は「併合があったから、韓国は近代化したんだ」と上から目線でものを言う。お互いを理解しようとするより、反発しようとする気持ちのほうが強いまま来てしまったと思います。「白磁の人」の主人公は、韓国の白磁を愛し、韓国と韓国人を愛し、韓国に受け入れられた日本人です。贖罪(しょくざい)だとか免罪だとかではなく「人が人として生きるってこういうことなんだよ」「国籍や民族なんて関係ないんだよ」ということを伝えたかった。そういう生き方をした日本人がいたことを日本の若い人たちに知ってもらいたかったのです。それは、多様性ということにつながると思っています。

——ビジネスの世界でも多様性の重要性が言われています。

福本さん ダイバーシティー経営は、私たちの人事方針の基本です。国籍や価値観、発想など背景が異なる人々が、自分の持っている力を最大限に発揮するところからイノベーションが生まれます。同質の集団からは生まれにくいのかもしれません。とはいえ、多様性の中からイノベーションを導き出すのはそう簡単ではありません。お互いの違いを知り、理解し、尊重し合うところからスタートをしないといけません。海外文学を読むだけでもその国の国民性を知ることができるし、歴史や伝記を読めば違う人生をバーチャルに体験できます。読書は大きな役割があると思います。

◇「主体的に読む」続けて……全国学校図書館協議会理事長・設楽敬一さん

——読書感想文を書くことの意義はどこにありますか。

全国学校図書館協議会
設楽敬一理事長

設楽さん 読書感想文は読書感動文だとも言われます。読書の感動を他人に伝えるには有力な方法だと思います。書くことがゴールでなく、感動をどれだけ伝えることができるかが大切です。「同じ考え方だね」とか「こういう見方もあったんだ」と違いを認識することも重要です。ただ、読書感想文コンクールに応募するということは、単に感動したことを書くのではなく、それがどう伝わるかという部分で、何度も推敲(すいこう)することが大切です。

江宮さん 読書感想文を書くということは、自分が読んだところの感動を確認する作業です。一年に一冊ぐらいは、感想文を書いて面白さを伝えたいなと思うような本と出合ってほしい。「本はこう言っているけれども、私はそうは思わない」とか、自分の心と対比しながら考えるような読み方があってもいい。それが読書感想文コンクールに応募するってことの楽しさにつながります。

福本さん 受賞作品を読むと、素直に本と向き合って、自分が感受性豊かに感じたそのままを表現できている。また、受け身ではなく、そこから感じたことを、自分の感じ方と比べる能動的な読み方をしているのが素晴らしいなと思います。読書感想文は成長の記録です。少し時間を空けて読み直した時の感じ方の違いを見ることで、自分自身の成長の歴史をたどることができるんじゃないでしょうか。

——読書感想文コンクールに期待することをお願いします。

設楽さん 課題図書を設けているのは、今日的な課題に向かい合ってほしいという意味があります。感想文をベースにした交流や、同じ本を読み合い、互いに高め合うことができるようなコンクールにしていきたいと考えています。

江宮さん 現実と直面した時に、自分の力で切り開いていけるような考え方ができる本と知り合ってほしいと思います。課題図書にはもっと社会科学を含めて科学的なものがあるとうれしい。親子で読み合う読書感想文みたいなものがあってもいいと思います。

福本さん 本と自分との対話に加えて、周囲の人との対話につながるしくみがあると良いと思います。自分の感じたことを自分の言葉で書いて、それを実際に声に出して人に伝えてみる。それに対して何らかのフィードバックがあれば、お互いに学び合うステップにもなると思います。

——応募しようとしている小中高生へのアドバイスをお願いします。

設楽さん 本を読む楽しさを早いうちに体験してもらいたい。そして、主体的に読むということを続けてほしい。本と対話しながら「考える読書」を進めてほしい。

江宮さん 本を読むということは、自分の周りや世界で起きていることを理解することにつながります。また、一冊の本が自分の人生に何事かを教えてくれたり、何事かを示してくれたりします。それも読書の楽しみの一つです。読書をすることで「なぜ?」と思うこともあれば、その疑問を解決するのも読書です。いろんな読書を楽しんでもらいたいと思います。

福本さん サントリーの企業理念に「人と自然と響きあう」という言葉があり、芸術や文化や学術を支援するなど、人々の心を豊かにしていきたいという思いを大切にしています。読書感想文コンクールは、次の世界を担う子どもたちの心を豊かにしていく活動です。小中高生には、夢中になって読める本を見つけて能動的に対話してもらいたいと思います。


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■人物略歴

◇福本ともみ(ふくもと・ともみ)さん……1981年サントリー入社。広報部、お客様コミュニケーション部、コンプライアンス推進部、サントリー芸術財団サントリーホール総支配人などを経て2015年5月から現職。

 

◇江宮隆之(えみや・たかゆき)さん……山梨日日新聞論説委員長などを経て、作家活動に入る。「経清記」で第13回歴史文学賞、「白磁の人」で第8回中村星湖文学賞を受賞。山梨県出身。

 

◇設楽敬一(したら・けいいち)さん……埼玉県公立中学校教員を経て2008年全国学校図書館協議会入局。常務理事などを経て17年6月から現職。学校図書館関係の著書多数。第2回松下視聴覚教育研究賞(理事長賞)などを 受賞。