落語のみならず、演劇の舞台、映画コラムの連載、テレビのコメンテーターなどなど八面六臂の活躍をする立川志らくさん。著書も多く、子供の頃から豊富な読書体験を持つ。自身の本との出合いを振り返りながら、「常に本のある環境を大人が作ってあげることが大事」と語る。【濱田元子】
「本とのつきあいは長いですね」という志らくさん。中学では読書クラブに入っていた。きっかけは、親から太宰治の「人間失格」を読むなと言われたこと。「『変な影響を受けるから』って言うから、逆に隠れて読みたくなった。うちで読めないから、読書クラブに入って読もうと。放課後に図書館で本を読んでいました」
それまでも本を読んではいたが、深く突っ込んで読んでいなかった。「『人間失格』を読んで、確かに訳が分からなかったけど、僕の中の感情がひねくれましたね。ひねくれた結果がこんなになっちゃった(笑い)。本格的に読書を始めたのはそこからです」と振り返る。
太宰を出発点に、芥川龍之介の「河童」や「歯車」と、どんどんハマっていった。夏目漱石も読んだが「物足りなさを感じた。成長していくと夏目はすごいって気がつくんだけど、その頃は、刺激が足りないなあ、って思ったりしていました(笑い)」。
日本文学を読む一方、クラシック映画を見て、小学校高学年から落語を聴き始めたという少年。「自分でも変わっているんだろうなあと思っていました。でも子供からすると変なものを読んでいるから、みんなと違うっていうこと、ひねくれている、孤独であることがカッコいいって思ってました」
そんな志らくさんが、「目が見開かれた」というのが向田邦子。脚本を手がけたテレビドラマ「あ・うん」(1980年放送)を見ていたことがきっかけになった。
「表面だけだと、すごく物足りない感じがするけど、読み込んでいくと太宰を凌駕するほど、すごいって気がついた。三角関係の男女の話ですが、ドロドロした部分を美しく、美しく描いていく。それでハマりました」
その影響は落語にも反映されてきたという。「ひねくれているのをそのまま出してしまうと、同じ種の人間には届くけど、はじき飛ばす人の方が多くなる。極めれば、(師匠の)立川談志や太宰治のようになるけど、苦悩の人生は送りたくない。向田邦子のように、当たりはすごくいいけど、知っている人にとっては太宰や芥川のようにドロドロしている。落語をやる時もこういうのが一番いいなって思っています」
多忙な今も、趣味である映画や美術、俳句の本などを手にするという。「いろんな本を読んでいくうちに分かりやすいものがいいんだってなってきた。一時は難しいもの、映画ならビスコンティの映画が好き、みたいなところにいくんだけど、結局『寅さん』が一番いいじゃないのってなる」
そう言って挙げるのが、胡桃沢耕史の「翔んでる警視」シリーズ。「マンガのように読ませておいて、奥が深く、これが本当じゃないかって思わせる。人間ってこんなちっちゃいところで動いてんだなって。どうでもいいところにこだわるのが、人間じゃないかって。落語と一緒ですよね」
電子書籍ではなく「紙の本」派。「買って、読んで、閉じて、(本棚に)置いて、完成。思い出として置いておきたい」と、家は本屋のようだという。
2人目が生まれたばかり。2女の父親である。「子供にはいろいろなものに触れさせてはいますよね。落語を聴かせたり、チャプリンの映画や、ミュージカル映画を流しておいたりすると見ていますね」
昨今の子供、若者の読書離れに危機感を抱く。「読みなさいって言っても読まないから。おもしろい本をうちにたくさん置いておくだけで違うと思います。子供は背伸びしたがるもんなんです」。真摯なメッセージを送る。
1963年生まれ。85年10月に立川談志に入門。88年に二つ目に昇進し、95年に真打ち昇進。昭和歌謡に造詣が深く、主宰する劇団下町ダニーローズの公演のほか、古典落語と洋画を融合させた「シネマ落語」など幅広く活動。キネマ旬報にコラム「シネマ徒然草」を連載中。TBS系「ひるおび!」1部コメンテーター(月〜金曜)も務める。